第一次上田合戦(神川合戦)マップ現在の合戦場や陣の様子から、当時に想いをはせる

第一次上田合戦 スポット紹介

第一次上田合戦(神川合戦)の中で現在でも残っている城跡・旧跡をスポットでご紹介いたします。

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八重原台地(やえはらだいち)・鍋蓋砦跡(なべぶたとりであと)

天文時代に、武田軍が陣を敷いた場所とされており、出立の際に鍋の蓋を置き忘れたことから地名がついたと言われている。
第一次上田合戦では、徳川軍がこの地あたりに陣営を敷き、上田城または丸子城を攻めたといわれている。

猫の瀬(ねこのせ)

第一次上田合戦のとき、徳川勢が八重原から長瀬の河原を通り、千曲川を越える際に通ったとされる浅瀬。
現在の大石橋あたりと言われています。

神川(かんがわ)

第一次上田合戦の主戦場となり、第一次上田合戦は別名「神川合戦」とも言われています。

信濃国分寺(しなのこくぶんじ)

徳川軍は神川を渡り信濃国分寺周辺まで進軍しました。

信濃国分寺 重要文化財の三重塔や八日堂でにぎわう寺院

上田城(うえだじょう)

第一次上田合戦では、おとりの誘いから徳川勢を上田城下におびき出し、伏兵の攻撃から反撃に転じ、徳川勢は上田城から撤退しました。

上田城(上田城跡公園) 2016年大河ドラマ真田丸の舞台となる真田幸村公・真田昌幸公の名城

手筒山(てづつやま)

第一次上田合戦で上田城の攻撃から撤退してきた徳川軍に対して真田軍は小高い手筒山から火縄銃で攻撃を仕掛けました。

染屋台(そめやだい)

真田勢は後退する徳川勢を染谷台から攻め混乱に陥れました。

陣場山(じんばやま)

第一次上田合戦のとき、上田城を落とせず一時退却した際、丸子方を攻めるために陣を敷いた場所といわれています。

尾野山城(おのやまじょう)

第一次上田合戦で丸子城攻撃のため進軍した徳川軍に対して真田昌幸がこの場所に陣を敷きました。

丸子城

第一次上田合戦、上田城を落とすのをあきためた徳川軍は、真田勢が守る丸子城へ攻め入り激しい戦いが行われました。しかし、徳川軍は丸子城を攻め落とすことができず撤退した。

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